Segovia にはしばしば、「路上演奏楽器に過ぎなかったギターをコンサート楽器にまで引き上げた功績」という賛辞が寄せられる。「路上演奏の何処がいけないんだ?」と私。路上演奏に適しているが故に、ギターはここまで世界中に広がり愛されているのではないか。コンサートホールでカ○リやカ○カッシなんぞを聴かされる位だったら俺は路上演奏のキザイアジョーンズを聴きに行くもんね。Segovia 自身もこの「功績」は誇りにしていたのかもしれない。しかし、若くして独学でギターを学び、80歳過ぎの死の直前まで現役プレイヤーであり続けた男の生き様を語るのなら、もっとパーソナルに彼の指から生まれる音と向き合ったらどうだろう? タメの効いたタイム感は今となっては古く聞こえつつあるし、あの甘美な「セゴヴィアトーン」もどちらかといえば食傷気味である。しかし、それらは彼の表現力の幅/豊かさの一側面でしかない。彼の演奏にほっと安らぎを覚える時間は今だ死に絶えてはいない。ひねくれ者の私でさえも。
Segovia の金字塔というと、大バッハの「シャコンヌ」ギター編曲ということになるのかもしれないが、私はこの愛情込めて自選されたスペインの曲が沢山入った盤を選びたい。バッハは Söllscher に譲ろう。アルハンブラは少し情緒過多で苦手だが、アルベニスやグラナドスの曲は最高。